リタ・ラサルさんの発言

平和な明日をめざす9月11日家族の会(アメリカ)
第48回日本母親大会国際シンポ
「テロも核兵器も戦争もない21世紀のために-日本と世界の女性の共同と連帯」


2機目の飛行機が突入した瞬間を、私は隣人の住むアパートの15階から目撃しました。1機目の突入時には気がつかなかったのですが、そのとき、弟があの建物の中にいることに気がつきました。私の世界は、ニューヨーク、アメリカと同様、一変しました。800万人が住み800万の物語があったこの都市が、ひとつの物語になりました。後になって、弟が四肢麻痺で車椅子の友人を置き去りにできないから、救助を待つといっていたのですが、救助は間に合わなかったことを聞かされました。弟は、死にました。

それからは気が狂ったような数日間でしたが、私は覚えてさえいません。ブッシュ大統領は国立大聖堂での演説で弟の行為に触れましたが、アメリカが弟の名を借りて、罪のない人々を殺す理由を正当化しようとしているのだということがすぐわかりました。それは弟の死よりもなお恐ろしいことでした。どうしていいかわからないまま私はニューヨークタイムス紙に投書し、それが掲載されました。その中で私は、テロ行為で深く傷ついたこの国が、自分たちでは抑えきれぬ力を暴走させることのないよう訴えたのです。

しかし戦争を煽る太鼓が鳴りだしたので、私は平和集会での講演を始めましたが、何の効果もありませんでした。いままさに起きようとしていることがわかっていても、それを止めるにはあまりにも無力でした。そんなとき、サンフランシスコ「グローバル・エクスチェンジ」のメディア・ベンヤミンから連絡がありました。それまで会ったこともないし、話に聞いたこともなかった彼女が電話で「アフガニスタンに行きませんか?」と言ってきたのです。すぐに、どこかでなにかがかみあわさり、正しいことが起ころうとしていることがすぐにわかりましたので、私は、「行きましょう」と答えました。9月11日にペンシルバニア、ペンタゴンで、あるいは世界貿易センタービルで家族を亡くした、お互いに見ず知らずの4人がアフガニスタンを訪れることとなりました。そこで私が目にしたのは、すべてのアメリカ人が見ておくべき戦争でした。抽象ではなく、その実相についてそのいくつかを、これからお話しようと思います。

孤児院には子どもたちがあふれ、食べ物はほとんどなく、暖房もなく、停電はしょっちゅうです。開校間近の学校を見学しましたが、窓はなく、やはりここでも暖房はなく、電気もありません。でも、少なくとも子どもたちに勉強する場所ができたのです。たくさんの家族と会いましたが、誰もが多くの親戚や、子どもを5人、6人と失ったのでした。私は、ある1つのフレーズを、それをこれまで声に出してきたことも信じられず、ただ心のうちで繰り返すばかりでした-私はひとりの弟をなくした、ということを。血のつながった弟を。しかし、ここでは8人、9人、10人もの家族を失っているのです。学校にいた子どもたちは、円をわらを使って描いて床に座っていました。その円の中心には、わらと、クラスター爆弾と地雷の模型がありました。爆弾で吹き飛ばされないよう、また手足を失わないよう、先生からその見分け方を教わっていたのです。それでも毎日少なくとも10人の子どもが、遊んでいる最中に誤ってそのような場所に入り込み、悲劇にあうのです。ビザを出してくれた場所が政府の役所だとするならば、私の見たそこでは、大臣は20年も着古した制服を着て、3本足の机を使っていました。ポケットから鍵を出すと机の引き出しを開け、そこから鉛筆を取り出したのです。鉛筆を、鍵をかけてしまうほどにまで、彼らは貧しいのです。

私は自分の国(アメリカ)で、たくさんの愛情を注がれ、慈しまれ、お金に不自由することもなく、すぐに誰かが助けてくれ、何かあれば役所や周りの人々に相談できるという環境で育ちました。私が行った国(アフガニスタン)では、5人の子どもを失い、夫を失った女性が、子供を路上での物乞いに出すまで追い詰められていました。アメリカ大使館に助けを求めれば、「物乞い女は帰れ」と追い返されるのです。

アメリカ人の私を見て、タリバンから国を解放してくれたと感謝する人もいました。彼らとともに、家族の一員として悲しみを共有し、抱擁しあうためにきたという私たちに驚く人もいました。愛のため、慰めあうために来た私たちは、かれらの寛大さに謙虚さを教えられました。

私たちアメリカ人は、空爆以外の手段で紛争を解決するよりよい方法を見出さねばなりません。その理由はふたつあります。まず、私たちは爆撃によって、弟のような無辜の市民を殺しているからです。もう1つは、私たちが政策を変えなければ、また別の飛行機が、アメリカの別の都市で、別の建物に突撃するからです。私たちは、アメリカ以外の世界に愛されていないことに気づかされました。自分勝手な国だったということに…。ある地域に入り込み、自分の仕事を済ませて、すぐに立ち去る-このような手法でアメリカを守ることはできません。ガソリンの値段が、アメリカ以外の世界への敬意と配慮のあらわれになることを意識するべきなのです。そうしない限り、アメリカは常に恐怖と怒りの対象であり、攻撃される存在でしかないのです。

キム・ジェナムさんの発言

グリーン・コレア・ユナイテッド(韓国緑色連合)事務局長
第48回日本母親大会国際シンポ
「テロも核兵器も戦争もない21世紀のために - 日本と世界の女性の共同と連帯」


亡くなった少女に平和の花をささげましょう

ふたりの少女が、人生が花開く前に、殺されました。事故のことを絶えず考えていると、あまりに痛ましく胸が張り裂ける思いで、私は涙を抑えることができません。怒りを抑えることができません。6月13日、京畿道・楊州郡で、中学2年生の生徒ふたりが、友人の誕生日パーティーに行く途中で殺されました。ふたりはアメリカ第2師団44工兵部隊の装甲車に轢かれたのです。運転していたのはマーク・ウォーカー兵長でした。

娘を持つ親はみな、同じ気持ちでしょう。私自身、娘ひとりの親として、怒りでいっぱいです。娘を亡くした親は、いったいどのような思いでいるのでしょうか。米軍は、自分の腕の中にいた娘が永遠にいなくなってしまった母親の気持ちを理解するでしょうか。米軍は、事故は米軍地位協定のもとでの「公務」中に起きたものであり、故意に起こったのではないと言っています。しかし、韓国国民の強い抗議と真相究明の要求におされて、7月4日、レオン・ラポルテ司令官は米軍を代表し謝罪しました。7月10日、韓国法務省は、米軍は刑事裁判権を放棄し韓国政府に引き渡すよう求める声明を発表しました。しかし米軍は、いまだに裁判権を放棄せず、加害者の処罰と真相究明を逃れようとしています。

米軍は、20㎝道幅を超える戦車を走らせています。ふたりの少女がひき殺された道路は歩道がなく、学生が通学に使っている一般道でした。にもかかわらず、米軍は地元住民に知らせることなくこの道路を訓練に使用したのです。そして悲劇が起こりました。彼らは轟音と戦車の重さで14歳の少女ふたりを踏み潰しました。これは殺人です。

韓国政府の裁判権を認めようとしない米軍の態度は、韓国の権利を無視し挑戦するものです。このことは、被害者少女の両親にさらなる痛みを与え、少女たちをもう一度殺しているのと同じです。

今年5月私たちが行った環境調査によって、米軍の戦車が地域住民に対しどれほどの苦痛と環境問題を引き起こしているかが、明らかになりました。グリーン・コレア・ユナイテッドは5月7日から14日まで環境調査を行い、韓国全土にある米軍基地数箇所の周辺を歩きました。調査中、私たちは農民たちが使う農道で10台の戦車に行き会いました。戦車のすさまじい音、振動、疾風で、私たちは倒れてしまいました。身を守るスペースがなかったので、私たちは道路を渡るために戦車を止めました。「戦車は農民を殺してしまう。農道を軍事用に使うのをやめよ。米軍から私たちの土地をとり返そう!」私たちの抗議によって、戦車はエンジンを止め、私たちは環境調査を続けることができました。悲しいことに、ふたりの少女は同じような戦車に殺されてしまいました。

2000年、38度線非武装地帯のダグマ射撃練習場に向かっていた戦車数台が歩道に干されていた米をすべて踏み潰してしまいました。畜産農家は戦車の騒音で多大な被害を被りました。米軍の戦車が通り過ぎた道路は壊され、人々は生活することができません。

この6月6日、高圧電流に感電した後闘病していたDeongrokのジオン氏が亡くなりました。この事故はNaojori Pajusi Kyungkidoの米軍基地、キャンプ・ハウズの近くで起こりました。ジエオン氏は、2001年7月16日、米軍第二師団工兵旅団が管理する基地の近くで2万2900ボルトの高圧電流に感電しました。事故で彼は足と手と聴力を失いました。一連の米軍による被害により、私たちは、アメリカはまさに韓国の国土と地域住民を彼らの軍事訓練の一部として使っているのではないかと、考えざるを得ません。

米軍が引き起こす一連の犯罪は、公正に扱われていません。米軍が漢江にフォルムアルデヒドを投機していたことが明らかになってから、すでに2年経ちました。韓国の司法当局は、米軍第8駐屯地の遺体安置所副責任者、アルバート・マクファーランド氏に出廷を要請しましたが、拒否しました。漢江に有害化学物質を流した環境犯罪者は、いまだに米軍で勤務しています。漢江の事故に対する責任およびMaehangri 爆撃訓練場とStory射撃演習場の閉鎖をもとめる活動は、不公正な米軍地位協定の改定に道を開きましたが、私たちはまだこの問題を根本的に解決できていません。米軍地位協定は不公正なままで、さらなる米軍による犯罪を防ぐことはできません。

韓国で米軍が人々に犯罪を行っても、刑事裁判権をもつのはまず米軍です。韓国政府は米軍に対しふたりの少女の死に関する裁判権を放棄するよう要請しましたが、これは韓国に米軍が駐留するようになって以来、初めてのことです。米軍が裁判権を放棄しないかぎり、私たちには何もできません。米軍の公務中の事故があるのならば、韓国政府が被害者に補償するべきです。
現在韓国には93の米軍基地があり、37000人の米兵がいます。私たちの国土は変更なし、期限なしで彼らに与えられています。深刻な環境被害があるのに、韓国政府は調査できません。米軍地位協定改定の運動を受けて、特別理解の覚書に在韓米軍は韓国の環境にかかわる法律や規制を尊重すること、韓国側は米兵の安全に配慮すると記されました。しかし合意には、アメリカによる環境犯罪の責任者にたいする処罰についても、アメリカが環境の原状回復のために適切な措置をとる義務についも、何も規定されていません。

私たちは韓国政府に対し、これらの問題を解決し正しいことをするために最善を尽くすよう求めています。韓国政府は米軍から国民を守る義務があります。しかし、政府は米軍に韓国に駐留するよう頼み、米軍によるあらゆる犯罪に目をつぶっています。韓国政府は自国の国民の力を信じるべきです。韓国国民は、米軍が自分たちに対し引き続き暴力をふるうならば、もはやがまんすることはないでしょう。

今、市民たちはMyoundongのUejongbuで毎日デモや合同の集会を行っています。米軍にふたりの少女の死に対する責任をとるよう求める署名を集めている市民もいます。ブッシュ大統領の公式の謝罪、米軍の裁判権放棄、被害者遺族と市民権団体を含む合同の真相究明グループの設置、事故が発生した米軍基地の閉鎖、遺族へ補償を求める署名に、すでに1万名の署名が集まっています。100万人を目標に、署名は今も続けられています。市民社会は「米軍戦車事故被害者シン・ヒョスン、シム・ミソンのための市民委員会」を設立し、活発に活動しています。女子中学生、子どもを連れてきていた母親たち、宗教団体、法律家、教師などが参加する集会で被害者の母親が発言すると、集会の場は涙であふれました。これまでに大きな集会が5回、そして毎日午後5時、米軍基地前でふたり少女のために集会が開かれています。7月31日と8月3日には、2人の少女を追悼する文化行事が企画されており、人気歌手が参加する予定です。

ふたりの少女の死が正しく解決されることを通じて、私たちは物事をただし、韓国とアメリカの間の不公正な状況のすべてにとりくみたいと考えています。このような悲劇は2度と起こってはなりません。私たちは、加害者は韓国の法律で裁かれるべきだと思っています。私たちは残された家族の痛み、ふたりの少女の痛みを忘れることはできません。
ふたりの少女の死を受けて、私たちはアメリカによる暴力や犯罪のない平和な世界をつくらなければなりません。亡くなった少女たちに平和の花を捧げましょう。