キム・ジョンスさんの発言

平和をつくる女性たち共同代表(韓国)
第51回日本母親大会
シンポジウム「輝け憲法9条!アジアへ、世界へ」


平和憲法第9条のために

この度、日本母親大会に参加することになり、身の震える思いと共に、とても光栄に思っております。このような日本女性の平和と連帯の力を目にする機会を与えて下さった女性平和基金の会に感謝いたします。

私は、韓国の「平和をつくる女性の会」という、女性の平和運動団体で活動しています。この団体は韓国と北朝鮮の南北の女性交流のための実務団体としての役割をしています。この文を書いている時点での予定では、9月の初め、あるいは8月の初めに韓国から100名の女性が、北朝鮮の首都平譲と白頭山(ペクトゥサン)、または妙香山(ミョシャンサン)を訪問し、朝鮮半島の平和と統一のために女性の意志を集めるという行事を進めています。

この「南北女性統一行事」には韓国の54の女性団体が参加しますが、実務協議と行事進行はいくつかの幹事団体が準備をし、平和をつくる女性の会はその中で実務協議を担当しています。

また、朝鮮半島の核問題を平和的に解決するために、たゆまぬ努力をしてきました。
韓国で「北の核問題」と呼んでいる、北朝鮮とアメリカとの核問題をめぐる争いは、実際は「朝鮮半島の核危機」と言ったほうが正しいでしょう。朝鮮半島の非核化のために北朝鮮は保有している核を廃棄し、核兵器の開発も放棄しなければなりませんが、同時に北朝鮮とアメリカ、北朝鮮と日本の関係正常化、特に長年にわたるアメリカの北朝鮮への敵対政策は撤回されなければなりません。北朝鮮に対する先制攻撃のような核戦争のシナリオも放棄されなければなりません。ですから私たちの団体は、朝鮮半島の核問題の平和的解決のために、市民平和運動に熱心に参加してきました。朝鮮半島の非核化と北朝鮮とアメリカ、北朝鮮と日本の関係の正常化が、東北アジアの非核化と平和のための基本条件だと考えています。幸い中断されていた6カ国協議に北朝鮮が復帰することになりました。この会談を通して朝鮮半島の非核化の条件が整い北朝鮮とアメリカの関係が改善され、半島を覆っている戦争の危機という暗雲がすっかり取り払われることを願っています。そのためにもみなさんが関心をもって連帯して下さるようお願いします。

朝鮮半島が分断されて今年で60年になります。分断の歴史は日本の植民地からの解放と同時に始まりました。韓国では60歳は人生を整理する老年の時期としての特別な誕生日とされています。しかし、まだ私たちには分断を整理する基本的な条件すら整っていません。ようやく5年前に南北のトップ会談が行われました。これに続き南北の対話が本格的に始まり、民間交流も活発になりましたが、まだ韓国には、北に対して敵対的な感情を持っている政治勢力と右翼の支持グループ、北を敵対視する国家保安法など、法と制度的な制限が残っているので、南北の市民が自由に会うことは出来ません。私はこの日本母親大会には、数回の電子メールのやりとりと飛行機の予約だけで来ることができましたが、北朝鮮へは、北朝鮮訪問の申請をして政府の身元調査を受け、許可を貰わなければ行けないのです。陸路は制限されており、仁川国際空港から飛行機に乗って北京を経由しなければなりません。今度の南北女性行事では西海直航路というのを利用してチャーター便で行く予定です。陸だけでなく海と空にも休戦ラインがあるので、仁川から平壌まで直行するのではなく、仁川から西の中国方面に飛んで再び北に向かい平壌をめざすという経路で行くのです。このように分断の現実は陸と海そして空にも存在しています。最近では休戦ラインである北朝鮮の開城工団(ケソン)で実務会談が開かれましたが、そこを通るには越境審査所を経て、軍人警備歩哨所を何度も通り審査を受けなければなりません。このように開城や板門店(パンムンジョン)を通っての北朝鮮訪問は厳しく制限されています。

私がこんなに長く北朝鮮訪問や南北交流の難しさを話したのは、南北の女性の交流の歴史のなかでよせられた、日本女性の支援と連帯に感謝の気持ちを伝えたいからなのです。1991年、「アジアの平和と女性の役割 討論会」を契機に、南北の女性たちは分断以来、初めて、東京とソウル、そして平壌で出会うことができました。この討論会は日本女性の助けがなかったなら成功しなかったことでしょう。1991年当時は、南北の女性が政府の許可で出会うということがほとんど不可能な頃でしたから。私はその時、南北討論進行委員会の実務を担当していたので、日本の土井たか子社会党議員や北朝鮮の政府高官だったヨ・ヨング氏に親しく会うことができました。この討論会のために北の女性たちが板門店を通って南に、また南の女性が板門店を通って北に、民間人として初めて北朝鮮を訪問することができたのです。平壌討論会では南北と日本の女性たちが初めて日本軍の従軍慰安婦問題を共同の課題として採択し、そのことが2000年東京で開かれた女性国際戦犯法廷の成果につながりました。

日本女性の連帯と支援は、韓国女性の平和統一運動に大きな足跡を残しています。韓国と日本の良識のある市民・平和・人権運動が連携することが、東北アジアの平和のために必要なことだと思います。私たちそれぞれの政府は韓米同盟、日米同盟の名前で軍国主義を強化して、イラク戦争などの侵略戦争に参加しています。しかし両国の市民は、自分たちを取り巻き圧倒しているように見える強力な軍国主義の動きに、屈服することわけにはいきません。私たちはことあるごとに互いを支援し、連帯して力を合わせていかなければなりません。

韓国、日本、中国の歴史学者と市民団体が一緒に作った共同の歴史教科書を見ました。過去の問題が現在を定め、また現在の歩みが未来の姿を方向付けます。3カ国の良識ある市民たちは、東北アジアでの戦争や争い、解消されない冷戦の残滓がもとになった軍国主義の強化、核兵器の保有、右翼化などを望んではおらず、連帯しようとしています。未来の平和のために現在の連帯は必要なことであり、この連帯を互いの信頼の上に築くには、解決されていない幾つかの過去の歴史を正しく解決する必要があります。正しい過去と現在の認識、そして未来の平和のために、歴史教科書を共同で執筆して出版したように、韓国と日本の女性たちも平和の歴史を一緒に記録していけることを願っています。

今日の討論の主題は、日本の平和憲法、特に第9条の改定を阻止しようということだと聞いています。平和憲法については韓国の新聞やニュースで時折目にしますが、現在進んでいる改定の動きについて詳しい過程を私はあまりよく知りません。ですから事実を知らずに的外れなことを言うかもしれませんが、そのときは指摘してください。

日本の平和憲法を学ぶ過程で韓国の憲法を調べてみました。実は隣国の平和憲法改定について、韓国の女性平和運動の立場から意見を準備するのに、私自身が自分の国の憲法をよく知らないことに気づいたのです。まず、個人的には憲法にたいしてあまり良い感情はもっていません。過去30年に及ぶ軍事独裁の時代、韓国の憲法は、独裁者が自分たちの独裁政権を守り強化するための手段として、何度も改定されました。たぶん韓国でも日本でも憲法の改定は、権力者たちの良からぬ意図を通すために企てられるという共通点があるのではないかと思います。韓国で憲法の改定は独裁政権の維持、継続、そして強化のためでした。中学高校の頃、憲法改定の歴史を学びテストのために暗記しました。今ではすっかり忘れてしまい、再び思い出すのは愉快なことではありませんでした。去年の春、韓国のノ・ムヒョン大統領が国会で弾劾されたとき、全国民が怒り、街でろうそくをともしてデモをしました。その時初めて、憲法第1条第2項の国民主権思想、即ち「大韓民国の主権は国民にあり、すべての権力は国民より出てくる」ということの意味を深く理解しました。

では、韓国の憲法には平和思想がどの程度反映されているのでしょうか。憲法前文には「対外的には恒久的世界平和と人類共栄に貢献する」という内容があり、第5条は「①大韓民国は国際平和の維持に努力し侵略戦争を認めない。②国軍は国家の安全保障と国土防衛の神聖な義務を遂行する使命をもち、その政治的中立性は遵守される。」となっています。韓国憲法前文と第5条は、国際平和主義や個別的自衛権を認めた近代国家憲法の普遍的な平和主義を表していると思います。

憲法を見ると韓国はいわゆる軍隊をもつ「普通国家」です。しかし、実際は普通の国家が守らなければならない国際平和の責務に反しています。これは、日本同様に韓国も「侵略的戦争を認めない。」といいながら、アメリカのイラク侵略戦争を韓米同盟の名のもとにアメリカ、イギリスに続き世界第3位の規模の兵力を派遣し、支援しているからです。韓国で日本の平和憲法改定反対の運動をする前に、まず韓国の憲法を平和憲法に変える運動をしなければなりません。そのためには、最小限、憲法第5条の国際平和主義を実質的に守ることから政府に要求しなければならないでしょう。日本の平和憲法改定に反対する私たちの立場は、憲法的な次元から見て堂々と胸をはれるものではないからです。韓国の軍隊の保有を認めた普通憲法を平和憲法に変え、日本の平和憲法はそのまま維持しなければならないことを、韓国の市民運動は主張する必要があります。

私は、日本の現在の平和憲法改定の動きが、憲法前文の平和主義は維持されたとしても、第9条の戦争の放棄や、国際紛争の解決手段としての武器使用の放棄、武力を所有しないという条項を改定して、自衛隊と集団的自衛権を認めるという方向に向かうと聞いていました。すでに日本は憲法に反しながら「拡大解釈」で自衛隊を保有しています。名前こそ自衛ですが日本の防衛予算は世界で2,3位にせまり、自衛隊の戦力もアメリカに次いで強力です。日本の憲法改定の動きは、言うならば、韓国式の国際平和主義の普遍性をもった普通の国家が、憲法をよりすすめ軍事国家として進もうというものです。憲法前文に普遍的平和主義を含んではいますが、第9条を改定して自衛隊の存在を既成事実化して、集団的自衛権を保障する方向へ向かうのが、日本の経済力に相応しい軍事的な指導力なのでしょうか。これを国際社会で発揮しようというように思えます。

しかし平和運動をしている私の目からは、平和憲法改定を通して保障しようという平和の内容は「力による平和」の思想が根底にあるといえます。平和憲法第9条第1項の後半部分に、「武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」とありますが、テロとの戦争を遂行するアメリカのイラク侵略戦争に参加している日本は、既に、武力を国際紛争の解決手段に採択することを放棄した憲法に違反しています。「侵略戦争を認めない」という韓国や、「武力による紛争解決の放棄」をうたった日本は、アメリカのいう武力による平和維持に参加しているので、イラク侵略戦争の共犯者といえるでしょう。「武力による平和」、あるいはアメリカの共和党支持者が好んで言う「力による平和」は、軍備競争に拍車をかけ国家のシステムを軍国主義に転換させ、北東アジア全体に緊張と争い、武力紛争をもたらす問題の多い平和です。日本のような世界最高の経済力をもつ国で、経済力に相応しい軍事力の保有と使用が憲法で保障された場合、東北アジアに及ぼす影響を考えれば、これを周辺国家が恐れ警戒するのは当然のことです。過去の植民地の歴史が正しく解決されないまま、日本の保守政治家たちが「平和のための国際貢献」と言葉を飾っても、周辺国家の人々から信頼を得ることはできません。いったいどのような平和、どのような国際貢献をいうのでしょうか。パクス・アメリカーナ、アメリカの武力で維持される平和をいうのではないのか、という憂慮を禁じえません。

次に、平和憲法改定論議と解釈改憲をした自衛隊の成立過程を見ていくと、朝鮮半島の平和と日本の平和憲法に密接な関連を発見しました。1950年に朝鮮戦争が起こると、日本は憲法の拡大解釈により自衛隊を創設しました。朝鮮半島で高まる南北の緊張は日本の普通国家化、つまり再軍備を正当化する契機になったのです。日米同盟の強化や「周辺事態法」(1999)、「有事関連法案」(2004)の通過なども、北朝鮮とアメリカの軋轢の高まりや、朝鮮半島での有事に備える自衛のための軍事的な備え、という名目でなされたことでした。平和憲法の改定は最終的には日本の軍事大国化を目的としていますが、これを可能にする理由が日本に一番近い朝鮮半島の軍事的な緊張だったのです。そのため南北関係の正常化と朝鮮半島の平和は、半島だけではなく、日本の右翼化、軍事大国化の動きを防ぎ、東北アジアの平和のための条件として欠くのとのできない要素となっています。

最後に、私は日本の平和憲法、特に第9条は、韓国の平和運動家たちが運動の課題とするべき事項ではないかと思います。韓国の平和運動は南北の平和的な統一を願っていますが、いまだ統一後のビジョンを描けずにいます。熱心に統一運動をする人々の中には南北が統一されると強力な国家、(北朝鮮式に言うと「強大国家」)になるので良いことだという人もいます。私は軍事強国としての未来像には反対です。朝鮮半島の平和の過程は、南‐北‐米間の平和協定締結と韓‐日‐米の三角同盟の解体、そして朝鮮半島を取り巻く各国(日本、中国、ロシア、アメリカ、そして韓国と北朝鮮)間の安全保障の実現等を通してなされなければならないと思うのです。ヨハン・カルトンが語る「平和的手段による平和」を東北アジアで実現するために、日本の平和憲法は正に平和的手段、あるいは平和的条件であり、朝鮮半島や中国と台湾の問題を平和的に解決するためにも、東北アジアの平和運動家たちがなんとしても守らなければならない共同の財産なのです。東北アジア各国が、主権的権利として戦争と国際紛争の手段である威嚇や武力を放棄すれば、真の相互理解が形作られることでしょう。そうなれば、各国の権力集団が公然と推進している軍事大国化や、軍備、核武装の競争は不可能になるでしょう。
平和憲法を守り、東北アジアの平和のために連帯することを通じて、互いに励ましあい、韓国と日本の女性たちの姉妹愛を育てていきましょう。私たちの子孫にこれ以上、過去のつらい経験と不義、現在の緊張と戦争の不安を残さないようにしましょう。東北アジアと世界の平和な未来のために平和憲法を遺産として伝えましょう。ありがとうございました。