ジョージ・フライデーさんの発言

全米平和正義連合全国共同議長(アメリカ)
核兵器なくそう女性のつどい2005


アメリカでは今、多くの女性が暴力の文化によって苦しんでいます。そして私の国は今、人々を犠牲にすることによって設けている国になっています。私はアメリカ政府が私たちの生活、命を大切にしないということをわかっている女性たちとともに活動しています。

彼女たちに政府がいつもウソをつき、国の政策によって自分たちの家が奪われ、教育を受ける権利が奪われ、正しい医療を受ける権利も奪われていることをわかっています。こうした女性たちは、日々の生活のなかで広島や長崎の悲劇を体験しているのです。

アメリカは暴力とテロの文化の国です。ですからアメリカに住む私たちがこの暴力の文化を変える必要があります。暴力を終わらせ、戦争を終わらせ、核兵器をなくさなければいけません。日々暴力にさらされている女性こそ、こうした変化の先頭に立つことができます。

女性たちは家庭内暴力にさらされています。経済的困難や、あるいは軍隊にいる夫が、その自分の苦しみのゆえに妻に暴力をはたらくのです。このような家庭内暴力に苦しんでいる女性たちは、平和運動のなかでは新しい仲間です。でも長い間、活動している女性たちでもあります。みなさんの仲間がたくさんニューヨークに来て、5月1日のデモと集会に参加してくださったと思いますが、その中にも私たちの仲間がいました。私はこうした女性を代表して、皆さんに心からのあいさつと感謝を述べたいと思います。

そして、こうした女性たちは平和運動では新入りかもしれないけれども、心からの情熱をもっています。情熱をもって誠意ある公正な社会をつくろうと思っています。そしてその数は大変多いのです。ありがとうございました。

スージー・スナイダーさんの発言

婦人国際平和自由連盟(WILPF)事務局長(アメリカ)
核兵器なくそう女性のつどい2005


ここでお話しする機会を与えてくださり、ありがとうございます。特に女性平和基金に感謝します。その力添えがなければ私は今日ここにいることはかないませんでした。

アメリカが部分的核実験禁止条約に署名をする直前に、当時のアメリカ大統領のジョン・F・ケネディはこのような質問を受けました。「何があなたの考えを変えさせたのですか?」と。彼はホワイトハウスの、窓の外を指さして、「それは女性なんだ」と言いました。その署名の調印にいたるまでの数か月間、女性たちはピケを張りデモをしていました。ベビーカーを押してホワイトハウスの外で核実験の禁止をもとめて行動していたのです。なぜかというと、核実験によりストロンチウム90という物質が母乳から検出されたからです。彼女たちには行動する以外に選択肢はありませんでした。今日、私たちもやはり行動する以外に選択肢はありません。

2000年10月、国連の安全保障理事会は、女性の平和と安全保障における重要な役割を認識し、決議1325を採択しました。その決議はすべての政府に対して、あらゆるレベルでの意思決定で女性の役割を高めるようにともとめています。これが今、私たちが手にしている道具です。この道具によって私たちは、和平交渉のテーブルの席に着く権利を保障されているのです。核兵器の廃絶以上に、平和のために重要な課題があるでしょうか。

女性たちは、変化の種をまく力を示してきました。私たちも、それを引き継ぎましょう。

今年10月の国連総会の第1委員会では、国際の平和と安全保障に関する多くの決議が討論される予定です。私たちはそのひとつとして”核軍縮を扱うための補助的な機関の設置”をもとめる決議が採択されるようにがんばっています。これを実現するためには今、行動しなければなりません。ぜひみなさん、みなさんの外務大臣のところに行ってください。そしてみなさんの政府が期限を切った核軍縮に向けた枠組みづくりのための交渉を支持するよう、要求してください。平和市長会議は私たちに期限を示しています。2020年です。道理があり、なおかつ達成可能な期限です。力を合わせれば、必ず達成できます。

*インタビュー*

原水爆禁止2005年世界大会にご招待した
アメリカのジョージ・フライデーさんとスージー・スナイダーさんに

平和基金で招待された事
日本の女性たちの印象
おしゃれのポイント
活動をはじめるきっかけ

の4点を新日本婦人の会国際部長・平野恵美子さんにインタビューしていただきました。


ジョージ・フライデーさん

-平和基金で招待された事-

女性平和基金は、希望を約束するものだと思います。平和と正義をもとめーる活動を続ける中で、ときには希望を失いそうになることもありますが、女性平和基金で世界大会に参加することができ、心ではわかっていたこと、「白分はひとりではない」ということを、実感することができました。帰国したら、世界中に伸間がいることを私のまわりの女性たちにも伝えたい。私たちの活動は必ず変化につながると信じ、心を開いて、よりよい明日のためにともにがんばろうと励ましあっていこうと思います。

-日本の女性たちの印象-

アフリカ系アメリカ人の中には、”強い女は思いやりの気持ちや自然の美しさを失う”という、特に男性と同等になろうとする女性にたいする固定的なイメージがあります。日本の女性は、力強さとともに思いやりの心を持ち合わせていると思います。私の祖母は、”女性の強さは岩の上を流れる水の強さ”だとよく言っていました。力ずくで変化を起こすのではなく、流れる水がやがて岩を動かしていくようなしなやかな強さということですが、私はそれを日本の女性の中に見出しました。

-おしゃれのポイント-

一番心がけているのは爪の手入れです(手の爪、足の爪にはきれいなマニキュアが)。それから、セクシーな香りの奮水かな(笑い)。あまリファンデーションは使いませんが、ロ紅は大好き。スキンケアも大切にしています。

-活動をはじめるきっかけ-

私は生まれながらの活動家だと思っています。3才のとき、曾祖母が奴隷だったときのことを話してくれたのです。ひいおばあちゃんは奴隷の家族に生まれ、4才のときにアメリカ先住民のチェロキー族の人に助けられ白由の身になったそうです。私は虐げられた歴史をもつ、チェロキー族の血とアフリカ系アメリカ人の血を引いています。だから物心ついてから、自分には平和の守り手としての使命があると信じてきました。それが今の白分につながっています。


スージー・スナイダーさん

-平和基金で招待された事-

日本が大好きになりました。緑が多くて美しいし、何より人々が親切です。これまで国際会議などで会ったことがある人、団体について知っているだけで会うのは初めての人など・さまざまな交流もできました。婦人国際平和自田運盟(WILPF)の会員たちと交流できたことも、ラッキーでした。同じく女性平和基金で招待されたジョージ・フライデーさんとも知り合えて、感謝しています。

-日本の女性たちの印象-

日本各地から集まった新婦人の会員たちが、誇りを持って生き生きと活動していることに、尊敬の念を深めました。女性のつどいには本当に多勢の女性が参加していましたが、その場に来られなかった女性たちも含めてともに参加しているという実感をもちました。新婦人のみなさんは世界大会後地元で報告会をもつと聞きましたが、私たちWILPFもその予定です。報告会やニュースレターなどを通じて経験を分かち合い、来年の世界大会にはもっと多くWILPF会員が参加できるようにしたいと思います。私もこれまでアメリカの平和活動家の世界大会の報告を聞く機会があり、どういうものかわかったようなつもりでいましたが、実際に参加してみて想像以上にすばらしいものでした。平和活動家として成長の場になったと思います。

-おしゃれのポイント-

清潔でさっぱりとした、落ち着いた服装を心がけています。メイクは明るくナチュラルで仕事をしている女性らしい感じになるように。実は以前、デパートの化粧品売り場でアルバイトをしたことがあり、香水を担当していたのですが、”これが白分の香り”というものにまだ出会えてなくて…。

-活動をはじめるきっかけ-

私は大学卒業後(飛び級で18才で大学までの過程を修了)、ニューヨークのウォール・ストリート社(アメリカの有力経済紙)に就職しました。仕事は比較的楽で給料は高く恵まれた職場でしたが、毎朝疲れた顔で出勤する同僚の姿を見て、何かちがうと感じるようになり、3ヶ月で退職しました。心機一転、求人広告で環境団体の専従の職を見つけサンフランシスコへ移りました。そこで、核や環境の問題に目が開かれました。当時南部カリフォルニアでは核廃棄物の投棄が大間題になっていて、活発にとりくんでいたシュンダハイ・ネットワーク(過去何度か世界大会に代表が参加)に加わり活動する中でWILPFとも出会いました。2002年末にニューヨークに戻り、WILPFの国連事務所に約5か月半専従で勤務した後、所長に就任しました。今年2月にWILPFの事務局長に任命され、現在はジユネーブの本部が活動の場です。