ソフィア・ウォルマンさんの発言

アメリカフレンズ奉仕委員会 軍縮担当スタッフ
核兵器なくそう女性のつどい2014


友人・姉妹のみなさん。

ここ広島で、会場いっぱいの力強く、エネルギッシュで美しい女性たちを前にお話しできるなんて、なんて名誉なことでしょう。昨年このつどいに参加し連帯に励まされました。大会全体を通じて、一番パワフルで心に残った行事でした。被爆者のみなさんとともに集えることを謙虚な気持ちで受け止めています。被爆者のみなさんの強さとお話は私たちを常に運動へと駆り立ててくれます。そして米軍基地の悲劇と人権侵害にたいして、たゆまずしなやかにたたたかっている姉妹たちもいます。みなさんと集えることを本当に幸せに思います。

7月18日に出発してつい昨日まで、私は国民平和大行進で岡山から広島まで歩きました。マラヤ・ファブロスさんの呼びかけで参加しました。マラヤさんはおかあさんのエネルギー、思慮深さ、温かさを引き継いだ力強い平和活動家です。今回女性平和基金で招待されたことを、本当に光栄に思います。

平和行進では、戦争を終わらせ核兵器を廃絶するために精一杯活動している数えきれないほど多くの人たちと歩きました。

今回通訳をしてくださった方たちの多くが女性でした。彼女たちのおかげで、楽しく会話することもできたし、平和活動のさまざまな面を深く理解することができました。岡山の通し行進者の志賀さん、何日も通訳を務めてくれたシンコさんなど多くの女性たちから、それぞれの物語を聞き、やさしさ、しなやかさ、知恵をもらいました。心から感謝しています。

行進中は、とても気を配っていただきました。休憩をとるたびに、ボランティアの方々が冷たいお茶やおいしい食べ物で迎えてくれました。アイスクリームや梅干し、スイカ、女性達がかき氷をつくってくれたこともありました!こうした女性たちが労力や手間をかけてくれたおかげで私たち行進者はその日1日がんばって歩けたのだと言っても、過言ではありません。

インドから参加のマニシャ・ガウルさんとともに歩いた私の平和行進をつくってくれたのは、そして私たちが歩きとおすことができたのは、こうした女性たちのおかげです。

今回私が日本に来た大きな目的は、2015年のNPT行動の準備です。私は仲間たちとともに、これから来年の春にかけて権力の座についている人たちが世界中の市民は核兵器、原子力、戦争という概念を拒否しているのだということを認識せざるを得なくなるようにプレッシャーを強めていきます。被爆者の証言は核技術は禁止されなければならないこと、核兵器の使用は最大の人権侵害であるという理解を広げるうえで、欠かせないものです。今日、あまりに多くの人たちが暴力や政府によるテロ行為に苦しんでいます。そして私はアメリカ人として、変化を起こしていく自分の役割をわかっています。

ですが、私たちアメリカ人は、世界の兄弟姉妹たちの助けが必要です。平和運動の私たちは、環境、人種的・経済的正義、女性や性的マイノリティの権利、人種差別反対などさまざまな運動との共同を真剣に追求する必要があります。私たちの活動はすべて関連しており、人々の尊厳や権利に対するいかなる攻撃も平和の問題なのです。

NPTに向けてのとりくみの多くが、他の分野の活動家との共同で進められ、私たちの運動に大勢の若者が参加するようになるでしょう。若い活動家は、大きな励ましを与えています。そして先輩たちの支援や教え、協力があってこそ、この新しい世代がわくわく感や創造性を発揮し、国内及び国際の平和を脅かす権力を握っている体制に対するパワフルな抵抗を示すことができるのだと思います。

原水協、平和行進と世界大会の実行委員会や参加者のみなさん、特に新婦人をはじめ多くの女性や女性団体のみなさんのたゆみない努力と寛大さに、心から感謝します。みなさんのおかげで私は今日ここにいます。

国境を越えた家族として、そして姉妹としての絆ほど強いものはほかにありません。この絆をよりどころ、平和のための努力と決意を強めましょう。

ありがとうございました。

サリー・ジョーンズさんの発言

ピース・アクション ニューヨーク州基金議長
核兵器なくそう女性のつどい2014


ノー・ニュークス!核兵器廃絶の運動でがんばっている日本の女性のみなさん!

ニューヨーク州の私が住んでいるニューヨーク市スタテン島のピース・アクション、そして全米で活動している9万人のピース・アクションのメンバーたちからのあいさつを送ります。今日みなさんとともに集えたこと、とりわけ女性の平和団体のみなさんにお話しできることは、人生最大の光栄です。女性平和基金の招待とあたたかい歓迎に感謝します。
 
ピース・アクションが来年の春、2015年NPT再検討会議の際にニューヨークでどのような行動を考えているかを中心に、お話ししたいと思います。

私は2002年、私が住むスタテン島にピース・アクションの支部をつくりました。それからずっとボランティアとして活動しています。メンバーは戦争と核兵器に反対するあらゆる階層の地域住民です。地元で、教育プログラムなどいろいろな活動をしています。関心を同じくする他の地域グループと協力もしています。8月10日、私のスタテン島の友人たちは、「スタテン島と原爆」という企画を計画しています。旧ベルギー領コンゴから来た数十トンのウラン原石が、1938年から1942年まで私が住んでいたところの近くのバイヨン橋の下に保管されていました。その土地はいまだに放射能で汚染されています。スタテン島の人々に、自分たちと広島・長崎への原爆投下がどのように、またどうしてかかわっているのかについて知ってほしいのです。

スタテン島支部のほか、ピース・アクションは全米各地にたくさんの支部をもっています。アメリカで、ピース・アクションのメンバーたちは、アメリカ政府にその圧倒的な軍事力を使わせないためにいっしょうけんめい活動しています。そして、軍事や安全保障のために使われているお金を人々のニーズへと転換するよう求めています。そのなかで、常に核兵器への資金に反対しています。

ピース・アクションは1957年の創立以来ずっと、ニューヨーク市で活発に活動しています。マンハッタンの繁華街に事務所があります。ピース・アクションがニューヨーク市に活動の基盤を持っていることは、NPT再検討会議での国際行動を組織するうえで大きな力になっています。2010年には、リバーサイド・チャーチでの国際会議や集会、国連へのデモなどを組織し成功させました。私たちは2015年に向けて再び準備を始めています。

ピース・アクションでは、女性が活動のあらゆる面で深くかかわっています。昨年、みなさんはジュディス・ルブランさんに会ったと思います。ジュディスさんはピース・アクションの全国組織担当で、日本の平和運動の友人のみなさんによろしくとのことでした。私個人のことで言うと、私は自分がどういう人間で何をしているかということそのものが、自分の女性としてのアイデンティになっていると思います。実は正直言って、あまり意識したことがないのですが。呼吸するたびに、その息のひとつひとつにしみついているものだと思っています。私は母であり祖母です。私の母は5か月前の3月7日に、95歳で亡くなりました。母に限りない無償の愛を注がれて育った私はとても恵まれていました。母に受けた愛を大切にして、自分の子どもや孫を同じように愛し、活動の中にも生かしていきたいと思います。

私たちの運動における女性の役割は、社会のあり方を反映しています。私たちはみな、核兵器のない世界のために全力をあげると決意しており、使える手立てはすべて活用しなければなりません。日本でみなさんがどのようにしているか、とても関心があります。アメリカでは、比較的最近手にした力、女性運動が獲得した力を活かして、可能な限りの責任を引き受けるようにしています。「ゴー・ガール!」「思い切ってやってみよう!」こう言いつつ励ましあいながら、やらねばならないことをとにかくやってみようとがんばっています。このフレーズは連帯を意味し、あなた以外の女性たちがあなたを100%応援しているのだということを伝えるものです。

これこそ、私を支える精神です。愛と力。愛の力です。地球上で私たちが生きる時間は限られています。核兵器も戦争もない平和と正義のビジョンをただちに広げましょう。それを成し遂げるのは「女の力」です。
 
2015年、ニューヨークでお会いしましょう!

ミーリャ・カビロワさんの発言

チェリャビンスク核被害者団体「アイグル」議長
核兵器なくそう女性のつどい2014


核兵器の生産、実験、攻撃の被害者:チェルノブイリとフクシマを繰り返さないために共同を

「核兵器なくそう女性のつどい」にご参加のみなさんと、会議に参加する機会を与えて下さった主催者のみなさんに感謝申し上げます。

私の挨拶は短いものです。私たちはみな過去の悲劇を記憶しています。しかし、いま必要なことは、どうやってこの世界を救えるか、その方法を考えることです。人間は自分たちの手で何でも作ることができるし、破壊することもできるのです。
 
この数日、さまざまな国の人々が広島に来て、原爆投下という恐ろしい悲劇を生き延びてきた日本の方たちへの連帯を表明します。しかし今日、もう一つの惨事が私たちを結びつけています――フクシマです!
 
ロシアではチェリャビンスク地方で、私たちは核の生産の犠牲者となりました。原子力の平和利用の犠牲者です。

1948年、わが国初の核施設「マヤーク」が、この地域で操業を開始しました。核兵器の主要な構成物質であるプルトニウムを生産する施設で、近隣の住民に多大な苦しみを与えました。「マヤーク」では、深刻な放射能の事故が3度おこりました。50地区に住む50万人の住民が被ばくしました。

1986年のチェルノブイリ原発事故は、私たちの文明の歴史に汚点として残るでしょう。今年で28年になりますが、いまだに数百万人が被害に苦しんでいます。

核関連企業は、放射性廃棄物の問題を口にしないよう努めています。安全の点で模範的な原発でさえ、稼働年数を終えて稼働停止になっても大量の放射性廃棄物を残します。これをどこに、どのように貯蔵するのかという問題に答えはまだありません。

近年、世界中で、さまざまな自然災害が多発しています。このような惨事が再び日本で起こるなどとだれが想像したでしょうか。

今日、放射線の安全問題はかつてなく危機的な状況にあります。チェルノブイリ原発事故、そしてフクシマの原発での新たな惨事は、これからも人々の命を奪い、健康を害していくでしょう。これらの事故は、人類がこのような恐ろしい行為を無視し続けるとどうなるかを、雄弁に語っています。核エネルギーは恐ろしいほど非効率的で、莫大なコストがかかるうえ、放射性廃棄物の問題は未解決のままです。原子炉が正常に稼働している時でさえ有害物質が放出され健康と環境が損なわれるなど、世界が学ぶべき悲劇的な教訓が示されています。

私は、昨年隕石が落ちてきたチェリャビンスクから来ました。隕石は、危険な施設から100キロの地点に落下したのです。計り知れない大惨事が起こっていたかもしれません。

ウクライナでは今、戦闘が起こっています。核施設が被害を受けない保障はどこにあるというのでしょうか。

放射線に国境はありません。ですからこの問題は、個々の国だけでなく全世界の問題なのです。広島、長崎、チェルノブイリ、フクシマを二度と繰り返さないために、団結してたたかいましょう。

ありがとうございました。